歌唱の指導で、指導者が脱力をアドバイスするときはおそらく「どこか」「なにか」が力んでいる、こわばっている、固まっていることが多いのです。その際、脱力を試みるとかえって声が出なかったり、力が抜けすぎてしまう状態になる人がいます。これはどちらも指導者としての経験上、「歌」を歌いすぎているためにおきることが多いと考えています。
歌唱のスタートは「台詞」です。もっと言えば「話す、語る、しゃべる」です。声の基礎力は語りであり台詞です。この基礎力が弱いと歌をうたっても力みやすいです。声だけ張り上げてもそこには無理が生じます。
「しゃべるように歌い、歌うようにしゃべる」これはヴォイストレーニングの中でとても多く使われる例えですが、歌としゃべることのリンクの重要性を端的に物語っていると思います。
力みやすい人は歌唱での脱力を考える前に、台詞の基礎力を考えてみるのも一つです。プロレスラーの鈴木みのる選手が、カール・ゴッチに師事したときに、関節技はテコの原理だから力はいらないとよく言われたが、カールゴッチはとても腕力が強く何もしなくても勝手に極まってしまう、という内容を雑誌で語っていました。
これは私が留学した時にも同様のことを感じたことがあります。イタリア人たちは日本人からするとてもオーバーにジェスチャーしてリアクションもとります。そして話す声が大きくよく響く。彼らの文化である石造りの家がより声の響きを大きくします。
指導者のイタリア人は脱力というのですが、その指導者の声を真似するとどうしても強くなってしまう。当時は必死でわかりませんでしたが、今となっては歌唱の発声ではない、もっと根幹の基礎力の違いなのだと理解できます。それからは響きや音色、音域などとは違うもっと基礎的な部分に目と耳がいくようになりました。力み、脱力で悩んでいる人は、歌唱と違う部分のアプローチも考えてみるとよいでしょう。